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信州の文化財探訪の旅最終目(2012/10/28)

2012/10/28(Sun)





信州の文化財探訪の旅もあっという間に最終日を迎えました。
今日は朝から曇り、午後には雨が降り出すところもあるという予報です。
本日の探訪地は次の通りです。

真田山長國寺・真田信之霊屋(長野市)~真田信重霊屋(長野市)~(ホテル)~清源山智識寺(千曲市)~
水上布奈山神社本殿(千曲市)~阿弥陀山護国院清水寺(せいすいじ)(長野市)~浄光寺薬師堂(小布施町)


昨日と同じく朝食前に朝駆けで、近くの松代藩真田家の菩提寺、真田山長國寺に出掛けました。

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ここ長國寺は関ヶ原の戦いで父(昌幸)、弟(幸村)と別れて徳川方に付いた真田信之が、1622年に上田藩主
から松代藩初代藩主として移封された際建てられたものだそうです。 その後寺は何度も火災で焼失し、現在
の本堂は明治19年に再建されたものです。

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広大な敷地の奥には火災から免れた初代藩主信之、4代藩主信弘の霊屋と歴代藩主の墓所が現存して
います。
 
朝早い時間なので拝観は出来ないと思っていましたが、たまたま朝のお勤め中の僧侶が本堂の入口から
姿を現したので、ダメモトで頼んでみると「勤めが終わるまで10分待ってもらえれば案内する」とのことでし
たので、待つことにしました。
後で僧侶から、「長いこと参拝を受けているがこんなに早く来たお客は初めてだ」と驚かれました(笑)が、
とても親切に説明してくれました。 


真田信之霊屋(国重文) 1660年 (桁行三間・梁間四間入母屋造 千鳥破風、唐破風付き こけら葺き)
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正面の鶴の彫刻は日光東照宮の眠り猫の彫刻で知られる左甚五郎の作と云われています。

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外観のみの拝観は300円、内部の拝観は更に500円かかりましたが、この際ですので内部も見せてもらい
ました。

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内陣には信之とその正室小松姫(本多忠勝の長女で家康の養女)の位牌が安置されています。
内部の格天井に描かれた絵は江戸幕府の御用絵師「狩野探幽」の作とのことで、保存状態は素晴らしい
ものでした。 このあたりにも信之の威光が偲ばれるようです。


右手には4代藩主信弘の霊屋がありますが、信之霊屋と比べると質素です。 この頃には真田家も財政
難だったようで、これ以降霊屋は造られていません。 

真田信弘霊屋(県指定文化財) 切妻造
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真田家の家紋、六連銭と結び雁金
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霊屋の裏手に墓所があります。

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初代から十二代までの歴代当主と早逝した子女の墓(正室、側室の墓は別所)です。

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一番左奥にあるのが初代藩主信之の墓ですが、ここだけ鳥居が建っています。

      P1040098s.jpg



本堂の屋根に掲げられた鯱、実は左右で作成された時代が違います。 片方は江戸時代、他方は明治時代
のものだそうですが、みなさんはどちらが江戸時代のものかお判りでしょうか?
(写真では判りにくいと思いますが)

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真田信重(信之の三男、埴科藩2代藩主)霊屋(国重文)
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ホテルに戻りバイキングの朝食を摂ってから再び千曲市に向けて出発しました。
 

清源山智識寺仁王門
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智識寺大御堂(国重文) 室町末期再建 (桁行三間、梁間四間 一重寄棟造 茅葺)
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      大御堂内部の天井
      P1040121s.jpg


      十一面観音立像(国重文) 平安後期 欅一木造
      P1040119s.jpg

あちらこちらのノミの削り跡が見られる素朴な十一面観音様でした。


信州は至るところにリンゴ畑があり、収穫時期を迎えていました。

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水上布奈山神社本殿(国重文) 江戸後期 一間社流造
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・登り龍、下り龍、七賢人などの彫刻が施されている。

覆い屋に囲まれていて、入口にはネットのバリケードがあって中に入ることができませんでしたが、
白木の彫刻は見事でした。


P1040141s.jpg 



長野市には「清水寺」という名の寺が二つありますが、一つは昨日訪れた龍燈山清水寺、 
こちらは、長野市若穂保科にある阿弥陀山護国院清水寺(せいすいじ)です。

阿弥陀山護国院清水寺 
P1040149s.jpg 


かつては国宝級の鎌倉中期の三重塔や大日堂もあったのが、大正五年の保科の大火ですべて焼失して
しまったとのことです。 その後縁あって奈良の石位寺より16体の仏像を購入したうちの7体が国の重文
指定を受けたということです。  購入に当っては保科の村人総出でお金を出し合ったという話です。

宝物殿内部
P1040155s.jpg 

真ん中の御本尊(聖観音)は大正五年の大火の際、時の住職が唯一持ち出したものらしいですが、
文化財ではありません。
それ以外の4体は石位寺から来た藤原時代の仏像で国の重文に指定されています。
残念ながら、写真がうまく撮れませんでした。

細いジグザグの山道を車で上がったところにある懸崖造の奥の院観音堂でも素晴らしい仏像に出会う
ことができました。


      千手観音菩薩坐像(国重文) 藤原中期 奥の院観音堂安置
      P1040160s.jpg 



      P1040162s.jpg 

うっかりして、頭部の髪飾りが無くなっているわけを訊ねるのを忘れてしまいました。
(昔の写真は飾りを被っています)


木造広目天像(国重文) 藤原末期             木造多聞天像(国重文) 藤原末期
P1040163s.jpg P1040164s.jpg

四天王のうち、残りの2体(持国天、増長天)はどこへいってしまったんでしょうか?
石位寺は当時財政難だったらしいので、すでに別のところに売られていたのかも知れませんね。


ところで、「清水寺」(読み名はきよみずでらorせいすいじ))と名の付いた寺は全国に80ヶ寺ほど
あるそうですが、「清水寺」という名が付くには3つの条件があったそうです。 それは、
①坂上田村麻呂が建立したこと。
②本尊が千手観音であること。
③境内に清水が流れていること。
だそうです。 
もちろん現在ではすべての清水寺が3つの条件をすべて満たしているということではありません。  
毎年「全国清水寺ネットワーク会議」(加盟寺は約30ヶ寺)が開催され、定期的に交流をしている
という話も聞きました。



今回の旅の最後に訊ねたのは、小布施町の浄光寺薬師堂です。

浄光寺薬師堂(国重文) 室町初期 (桁行三間、梁間四間 一重入母屋 茅葺)
P1040169s.jpg 



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最初にも書きましたが、今回観て回った文化財は比較的時代が新しいので姿、形のいい蟇股(かえるまた)
に出会うことができませんでしたが、最後に秀逸な蟇股を見ることができました。
前に鉦(かね)があってうまく写真が撮れませんでした。

今回初めて見る秀逸な蟇股(かえるまた)
PA284342s.jpg 



昼どきになったので小布施の街なかで栗おこわを食べたかったのですが、観光客が溢れていて食事処や
駐車場はどこも満杯でした。 やっと駐車できた「桜井甘精堂本店」で何とか栗菓子だけは買い求めること
ができました。
人口1万2千人の小布施町は年間120万人の観光客が訪れて、秋に特に集中するらしいです。 皆さん、
栗が目当てなんですかね?

P1040179s.jpg 


小布施町での食事を諦めて、途中の中華そば「幸楽苑」で質素な(笑)食事を済ませて、予定より早めに
長野に戻り、長野新幹線で東京へ移動しました。
途中の大宮、上野で降りるメンバーとは車中でお別れ。 残りのメンバーとも東京駅で再会を約して別れ、
羽田から最終便で帰福しました。


留守中に車を使っていた長女が、エルを連れて空港に迎えに来てくれました。
げっそりと痩せてしまったエルが怒り狂っていたことは言うまでもありません(苦笑)。



4日間退屈な記事にお付き合い頂き、ありがとうございます。





Comment

RE:蟇股、初めての知見でした。 

うすきハッピーリタイアメントさん、こんばんは。
真田家縁の地は「真田太平記」を何度も読んでずっと訊ねたい場所でした。
今回は昌幸、幸村縁の上田はゆっくり見れませんでしたので次回に持ち越しです。
日本建築の粋、技術は素晴らしいと思います。 時代による変化を知るだけでも
楽しいです。 蟇股だけを見て回るというのもなかなか面白いものですよ。
うすきさんのブログの記事も私にはとても勉強になっています!
  • posted by higetias 
  • URL 
  • 2012.11/09 23:28分 
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蟇股、初めての知見でした。 

 higetias&mamatiasさん、こんばんは。
真田家の菩提寺、真田山長國寺は初めて知るお寺でした。
真田家は興味がありますがどうしても幸村の方に気持ちが注がれます。
蟇股(かえるまた) は初めての知見でした。
日本の建築物は小さなところにこだわりがありますね。
前回のうだつそして今回の蟇股と用語知るだけでも面白です。
  • posted by うすきハッピーリタイアメント 
  • URL 
  • 2012.11/09 20:29分 
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悟空さんへ 

こんばんは。
小学校6年生のときの思い出ですか。
よく覚えていますね! 印象深かったんですね。
日光東照宮20年前に行きましたが、漠然としか覚えていません(苦笑)。
エルはお利口さんにはしていたらしいですが、体重が1割程減っていました。
ストレスだったんでしょうね。 今は前にも増して甘えん坊です(笑)。
  • posted by higetias 
  • URL 
  • 2012.11/08 18:56分 
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NoTitle 

こんにちは^^
日光東照宮を思い出しました。小学校6年生でしたが
天井の泣き竜や建築物に見入ってしまった事を....
建物の周りの景色の美しさにも驚きますね。
ちゃんと考えて建てられたのかな~って思います。
エルちゃんげっそりしていたんですね;;寂しかったでしょうし
行ってる方も気になって仕方なかった事でしょうね;;
  • posted by 悟空さん 
  • URL 
  • 2012.11/08 14:35分 
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